すがたかたち

2009年6月9日 日常
先週は少しがんばって動いていた

総会が終わって、少々ばて気味だったが、翌日3日

ご本人は教えてくれていなかったのだが、同じ彫刻のクラスの方が展示会に作品を出されているという話を他の方から聞き、密かに行きたいと思っていた

昼過ぎまでやや体が重かったが、やはりお寺さんや美術館でお会いするのとはまた違う、身近な先輩の仏さまも拝見したい

重い腰を上げて、大森へ

クラスメイトのおじさまは、「誰から聞いたの」と驚きつつ喜んで迎えてくださり、お茶やお菓子でもてなされながら、作品を拝見

この方ももう10数年彫ってきてらっしゃるつわもの

もうお一方別の教室に通ってらっしゃるこちらも10数年選手の作品も拝見

いわゆる「仏師」という方や「彫刻家」「木彫家」という方、仏像流行りの昨今、教える方もいろいろであちこちに教室がある

が、その分あやしげなところもいろいろ(笑)

入り口から思い切り商売っ気たっぷりな店構えをしている流派もある

自分の好みの古い仏師や彫刻家に師事したという人でも、当たり前だが作品も教え方も人それぞれ

さらにその教え子となると、またことさら人それぞれ個性が出る

とにかく何体も何体も彫っていく人

一体に手間ひまをかけていく人

細部の技巧にこだわる人

材木や彩色、道具にたくさんお金をかける人

どうしても表現したいお顔を何とか掘り出そうともがく人

史実や仏教史、仏教美術の見識を深めながら彫っていく人

流派や知識にこだわらない人

仕上がりにあまりこだわらず、家族や友人への気持ちを込めて彫る人

自分の気持ちをおさめるために彫る人

ほんとうにさまざま

身近な先輩の手がけた仏さまは、その人の気持ちを見せてくれるかのよう

その人が思い残してきたこと

その人が辿ってきた道

その人が喜びとしていること

その人が求めているもの

どんな人が彫った姿でも

手を合わせたくなるのは同じで

私にはそれはその人のこれまで生きてきた姿だったり

その人が普段容易に他者に見せているものではないものだったり

するように思えて、手を合わせる

それは、前の仕事でお会いしていたお客さんたちが、私に見せてくれた姿だったり

慟哭だったり

笑顔だったり

苦渋だったり

涙だったり

虚しさだったり

一瞬の安らぎだったり

そんな面(おもて)とふと重なる

 
やはり私自身も彫りたい気持ちを刺激されて帰ってくる


 
 

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